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民事判例研究民事法研究会

大島俊之

性同一性障害と戸籍訂正

東京高等裁判所平成12(2000)29日決定(平111999)(ラ)1979号、戸籍訂正許可申立却下審判に対する抗告事件、抗告棄却(特別抗告))高等裁判所民事判例集登載予定、判例時報1718(2000.10.1)62頁(原審東京家庭裁判所八王子支部平10(1998)(家)3552号、平成11(1999)89日審判)

 

法律時報902号(733号・20013月号)114117

last edited 2001/03/04


    性同一性障害の治療としての性再指定手術(いわゆる「性転換手術」)を受けた場合には、戸籍上の性別表記(父母との続柄)を訂正することが認められるか。本件は「長男」を「二女」に訂正することを認めなかった事例である。

《事実》 (略―判例時報171862参照)

《判旨》 (略―判例時報171862参照)

《研究》

一     性同一性障害とはなにか     (略)

 

二     判例の現状     (略)

(1)     間性の場合     (略)

(2)     性同一性障害の場合     (略)

 

三     外国法

1)     立法的な解決をした国     (略)

(2)     司法的な解決をした国     (略)

(3)     行政的な解決をした国     (略)

 

四     基本的な問題

(1)     戸籍法113条の解釈

     出生の際の性の確認は、一般に、新生児の外性器の形態に基づいて行われる。間性の場合には、出生後の成長の結果を考慮し、また発生学的な性の他に、生殖腺の性、内分泌学的な性を考慮し、さらに形成手術の結果をも考慮して、出生時の性別の判定に錯誤があったとして、性別表記の訂正が認められている。それならば、性同一性障害の場合にも、出生後の成長の結果を考慮し、また精神的な性・心理的な性までも考慮し、さらに性再指定手術の結果も考慮して、出生時の性の確認に錯誤があったとして、性別表記の訂正を認めるべきである。
    発生学的性(性染色体の型)に固執すべきではない。すでに、裁判所は、間性の場合の性の判定基準として、発生学的性を唯一絶対の基準とはしていない。また、性再指定手術は、医学的に認められた治療方法であり、その結果としての身体的変容を考慮すべきである。

(2)     憲法上の問題

     判例・学説においては、憲法13条(すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 )の規定する幸福追求権の一内容としてプライバシー権が認められている。ところが、性別表記の訂正が認められていない現状においては、性同一性障害者は、戸籍謄本、戸籍抄本、住民票、保険証などの提示が必要なときには、戸籍上の性別表記と身体的な外見の相違から、性同一性障害について知られることになる。このことは、重大なプライバシー権の侵害である。
    憲法24条2項は、「……婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と規定している。性同一性障害者の戸籍上の性別表記の訂正を認めないことは、事実上、性同一性障害者の婚姻を阻止することを意味する。このことは、性同一性障害者の尊厳を著しく傷つけている。

 

五     戸籍訂正を認めるための要件

(1)     医学的な要件

(イ)     性同一性障害であるとの診断

    日本精神神経学会のガイドラインに沿った診断が、これに該当することは言うまでもない。すでに外国において、性同一性障害であるとの診断を受けている者についても、日本精神神経学会のガイドラインに沿った診断を要求することは、特に過大とは言えないであろう。実際には、経験を有する二人以上の精神科医の診断書を必要とすべきであろう。

(ロ)     性再指定手術を受けていること

    まず、どのような段階までの手術が行われていることが必要か、という問題がある。私見は、元の性の生殖能力が外科的手術によって失われており、元の性の外性器が切除されていれば十分であり、新しい性の外性器の形成までは必要としないと考える。
    次に、性再指定手術は絶対に必要か、という問題がある。例えば、高齢のFTMトランスセクシュアルが長期にわたってホルモン療法を受けている場合には、元の性での生殖能力は失われているであろう。私見は、原則的には、性再指定手術を受けていることが必要であると考えるが、戸籍上の性別表記の訂正を認めるためには、元の性の生殖能力の喪失で十分であり、性再指定手術は常に絶対に必要とまでは考えない。

(ハ)     性的な外見(第二次性徴)が変容していること

    実際には、第二次性徴を新しい性に近づけるために、乳房の切除(FTMの場合)、豊胸手術(MTFの場合)、脱毛なども行われる。その他、いわゆる美容整形の範囲に入るような手術が行われる場合もある。

(2)     社会的な要件

    社会における性的な役割が変容していること。具体的には、家庭、職場、地域社会において、新しい性に属する者として受け入れられており、服装などの点においても、新しい性に属する者としての外見をしていること。

(3)     法的な要件

(イ)     婚姻していないこと

    戸籍上の性別表記の訂正をする時点において、婚姻をしていないことを要件とすべきである。なお、過去において婚姻していたことがあることは障害とならない。この要件は、同性どうしの者の婚姻が生じないようにするためである。

(ロ)     子のないことを要件とすべきではない

    性同一性障害者が、過去において婚姻しており、嫡出子が生まれていても、戸籍上の性別表記の訂正の障害とはならないと考える。また、非嫡出子を持っている場合も同様である。

(ハ)     成年に達していること

    日本精神神経学会のガイドラインでは、性同一性障害の治療にあたっては、患者が満20歳以上であることが定められている。

 

六     本決定に対する批判

(1)     「現行の法制においては、男女の性別は遺伝学的に規定される生物学的性によって決定される」という部分について

     この部分の意味は明確ではないが、性別は性染色体によって判定されると言う意味に理解されよう。しかし、すでに紹介した札幌高裁平成3(1991)年決定は、性染色体がXYの人の性別を「長男」から「長女」に訂正することを認めている。現行の法制において、戸籍法とその下における取扱いが、人の性別の判定に際して、性染色体に基づいていないことは明白であり、この部分は不正確であり、説得力がない。

(2)     戸籍法113条の解釈について

     戸籍法制定当時、立法者は性同一性障害というものを知らなかった。そして、現在、立法者は、性同一性障害に関する特別法を制定していない。このような現状において、本件決定のような制限的な文言解釈を行うことは妥当でない。当事者の人権が重大な侵害を受けているのであり、戸籍法113条のいう「錯誤」の意味を拡大解釈して、司法的にこの問題の解決をはかるべきである。

(3)     「結局のところ、立法に委ねられるべきものと考えられる」という部分について

     当事者の人権が侵害されているにもかかわらず、立法者に問題解決を押しつけ、当事者の人権を擁護しないことは、裁判官としての職責を放棄するものであろう。
     戸籍上の性別表記の訂正を認めれば、確かに、「関連する法令の適用上種々の重大な問題を惹起し、社会生活全般に極めて大きい影響を及ぼすことが予想される」。しかし、解決不可能な問題ではない。なお、諸外国では、@婚姻(参照文献略)、A親子(参照文献略)、B職場における問題、C医療保険、D社会保障、E刑法上の問題(売春・強姦の構成要件の問題)、F刑務所における処遇(男女いずれの刑務所に収容すべきか)、Gスポーツ大会への参加問題(男性から女性へ移行した者は女子大会に出場することができるか)などが議論の対象とされている。

(4)     本件においては上記の要件が満たされているか

     本件においては、前記の「(1)   医学的な要件」の「(イ)   性同一性障害であるとの診断」を確認する資料がなかったのである。裁判所の手続の過程において、この点についての調査を行うべきであったと考える。

 


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